石窯パンガイド 歴史編
石窯パンはいつごろできたの?
石窯パンとの出会いは人類とパンの出会いに
さかのぼります。
今から約5000年前、発祥の地は
古代中央アジア・メソポタミア地方と古代エジプト。
そのころパンは“無発酵パン”と呼ばれ、
練った生地を加熱した石の上で焼いていました。
その作業を効率よくするために、石にかめをかぶせたものが
石窯の原点だといわれています。
石窯パンはパン作りのルーツ、原点なのです。
最初はどんなパンだったの?
形は平べったい煎餅のような平焼きのもの。 
発酵は見られず、
今のパンとは程遠いものでした。
メソポタミアで旅を続けながら生活する中で
家財道具と一緒に
携帯していたといわれています。
最初はパンというより乾燥焼きに近く、
ビスケットのような感じでした。
この無発酵パンは、現在中近東、
北アフリカ、インドなどでナンや
チャパティとして食べられているものに
つながっています。
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どんなふうに広がっていったの?
小麦は西アジアを原産地として古代メソポタミア、
エジプト、ギリシャ、ローマへ、
そしてヨーロッパ全土、イギリスからアメリカへと
産地が広がり、それによってパンの文化も
広がっていきました。 
ヨーロッパでは平焼きのパンが保存にも適しており、
ローマ軍隊が、また北欧のヴァイキングが
海外出兵の折になくてはならない
大切な食糧とされていたようです。
古代のパンの焼き窯は?
エジプトでは最初太陽熱の利用でしたが、
そのうち焼けた石の上で火を焚きながら
焼くようなかたちに変化していきました。
紀元前2000年頃には直火があたらないように工夫され、
内部に熱がこもるように工夫されました。
古代ローマの時代になると、
広場中央に国営の石のオーブンが据えられ、
各パン店で作った生地をもちより
大量に焼くという方法がとられるようになりました。
実はこの焼き窯のかたち、
18世紀に至るまであまり原理的には変化していないのです。
石窯が今に伝わるまでの変遷は
ローマ帝国の衰亡後、石窯でもパン焼きは 教会や貴族社会によって支えられ、受け継がれていきました。
特に修道院では自家用と一般信者用にも大きな石窯があったということです。
1000年ごろのスイスの修道院では、
石窯で20種類以上のパンが焼かれていました。
麦の種類も大麦やライ麦など5〜6種類を使い、
リング型や丸型、三日月型を作るなど
豊富なかたちがありました。
中世の13世紀ごろ、パンは急激に発展し
国によって特色が表面に出てきます。
従来の教会を中心とした信仰的なもの、
あるいは貴族中心なものから家庭の中に広がり、
フランスでは自家製用焼き窯の私有が
許可されるようになりました。
農村では石板製の炉床が使われていました。
焼き窯の進歩があるのは1800年ごろ。
工業的な焼き窯も発明されますが、
焼き窯自体はほとんどそれまで変化はありません。

参考文献   パンの研究 柴田書店

         パンの本  パンニュース社
         朝日百科  世界の食べもの テーマ編
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ローマ時代の石窯と石うす
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